2013年4月16日火曜日

武田教授が原発の耐震性のいい加減さを公表

 
 元原子力安全委員会 専門委員の武田教授が、14日付のブログに「耐震性」と題する記事を載せました。原発の耐震基準の決め方の実態がよく分かりますので紹介します。
 文中、柏崎刈羽原発の加速度は東電が公表した数値と違っていますので注記しました。
 下記は同記事の抜粋文です(タイトルも語順などを変えてあります)。記載したURLをクリックすれば原文がご覧になれます。
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耐震性  (原発2年 No.05 
武田邦彦 平成25年4月14日
  (事務局で抜粋
(この「原発2年」シリーズは、「本当に安全な原発を目指して、二度と再び日本が原発事故を起こさないように」という意味で書いています。私が原子力を研究してきた一人としての責任でもありますし、特に「原発推進の産業界」、「原発推進の愛国派」の方にも理解を求めます。)
 多重防御と同じですが、日本の原発は「耐震性がある」とされています。この場合の耐震性とは、地震の本震に伴って起こる余震、津波、停電、輸送の停滞、混乱などを含み、地震の揺れだけでは無いことは当然ですが、それらに対して大丈夫であることを「健全性」と言います。(中略)
 ところで日本の原発が耐震性を持つという一般的な言い方では、耐震性があるとは言えません。震度2えられる建物もそれなりの耐震性を持つからです。では、日本の原発は震度いくつまで持つのですか?という質問については答えることができないようになっています。

 原発を建てるということが決まると立地の候補地が決まり、そこに地震学者が行って「この場所に来る最大の地震の揺れは加速度で250ガルと予想される」と言いますそうすると、その250ガルを基準として建物の設計やその他の機械設計が行われます
 あたかも正しそうな手続きに見えるこの耐震性の決定過程は「いかにして震度の低い建物で済ませるか」という電力会社の苦肉の策なのです
 「地震学」または「地震予知学」というのは多くの人が感じているようにほとんど学問とは言えないようなレベルで、いつ地震が来るかばかりでは無く、どのぐらいの大きさの地震が来るかも全くわからないのが実体です。(中略)
 そこで、電力会社は原発立地の候補地が決まると、普段から十分にケアーをしていた地震学者の内、特に楽観的な予想をする学者に声を掛けますこれが私たちが払っている電力費から電力会社が出している1000億円と言われる「工作費」の一つの実体なのです

 たとえば新潟の柏崎刈原子力発電所の場合、地震学者が予想した最大加速度が250ガル、東京電力が実際に設計した速度が400ガル、そして現実に中越沖地震で受けた加速度は650ガル程度だったのです。
※ 最大2058ガル。実測値及び設計加速度の詳細は3月28日付「柏崎刈羽原発敷地内の断層について」 http://yuzawagenpatu.blogspot.jp/2013/03/blog-post_212.html 参照 (事務局)
 当然のことながら400ガルで設計された原発が、650ガルで破壊されるのは当然で、建物内はかなり破壊され、3億ベクレルの放射線が漏洩しました。この時の震度は6でした
 震度6で日本の原発が破壊されると言うことは一般の日本人には信じられないでしょう。日本は地震国ですから10年で平均的に震度以上の地震が13来ています。だから震度で破壊される原発が建設されているというのは、日本の原発は地震で壊れることが前提になっているという驚くべき事になっているのです。(中略)
 地震学者に問い合わせて原発の耐震設計をするというのは、官僚の責任逃れです。もし原発を作る時に震度ぐらいの原発を作れば建設コストが高くなり、その分だけ電気代が上がります。そして実際には震度ぐらいの地震しか来なければ、ムダなお金を使って高い電気代を支払わせたと言うことになります。
 だから、地震が来たときに「地震学者に問い合わせた」という手続きが必要なのです。(中略)
 著者が原子力安全委員会の地震部会の時に「国民は少し安くても危険な原発より、高くても安全な原発を望むはずだから、過去に日本に来た最も強い地震でも大丈夫なように原発を作るべきであるそれによるコストは1キロワットあたり1円60銭にしか過ぎないと私は思う」と発言しましたが、一蹴されました(中略)

 2011年の福島原発の事故は、地震の揺れと浸水によって起こったもので、巷間言われるように「津波の運動量」では無いと考えられます
 普通の表現で「津波で破壊された」というのは、津波の運動量、つまり「津波が流れてくる力」で破壊されることを指しますでも、福島原発の海岸線側には高さ42メートルのタービン建屋があって、それが津波を受け止め、破壊もされませんでした。従って、原発には「津波」が来たのでは無く、「海水」が来ただけでしたが、原発の建物は標高7メートルの所にあり、津波の高さは15メートルだったので、水没したというのが事実でしょう
 原発には地下にすべての電源があり、それが海水に水没したのであっけなくすべての電源を失うという結果になったのです
 このような簡単な原因解析も「国会事故調査委員会」などの公的な原因追及ではほとんど問題にはされませんでした。それは「原発の事故はまれに見る津波が来て起こった事で、不可抗力だった」という結論が必要だったからです。 (後略)