2014年6月26日木曜日

福島第一原発は6mの津波で冷却機能に支障 国と東電は予見していた

 2600福島原発事故の被災者が起こした民事訴訟福島地裁)で、被告である国と東京電力は、1997の段階で福島第一原発が津波によって重大事故が起こりうることを認識し、2006年5月には、10mの津波で非常用海水ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険性があることを認識していたことが明らかにされました。
 
 上記の事実を示す資料があることは国会事故調の報告書が明らかにしていますが、その原資料の提出を原告側が求めたのに対して、被告の国側の弁護士が「現存しない」と発言しました。それに対して裁判長は、「資料が現存しないとの根拠を明らかにするように。根拠が明らかにならないと、現存しないという国の主張が正しいものかわからない」とたしなめました
 国・東電の不誠実な態度に裁判長も不快感を示したわけで、いま彼らは追い詰められています。
 
 大飯原発の運転差し止め訴訟における福井地裁の名判決に続いて、福島地裁にも国と東電に対して鉄槌を下す判決を期待したいものです。
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原発事故訴訟で追い詰められる国と東電 
のらりくらりの答弁に裁判長も不快感
岡田 広行  2014年06月24日
東洋経済 編集局記者
原発事故で被災した住民は、国と東京電力を訴えている
 約2600人にのぼる福島第一原子力発電所事故の被災者が起こした福島地方裁判所での民事訴訟で、被告である国と東京電力が防戦に追われている。
 
 5月20日に開かれた「生業を返せ、地域を返せ! 福島原発訴訟」の第6回口頭弁論で、原告である住民側の弁護士が「重要な証拠」として開示を求めてきた資料について、国側の弁護士が「現存しない」と発言。「かつては存在していたのか。そうであれば、なぜ現在、存在しないのか」と畳みかける原告側弁護士に賛同するかのように、裁判長も「(原告側が求めているのは)当時の資料が現存しないとの根拠を明らかにしてほしいということです」と国に釘を刺した。
 
 「それが必要だと思いますか」とあえて尋ねる国側の弁護士に、「はい」と短く答える裁判長。「なぜ必要かわからない」と首をかしげる国側弁護士を、裁判長は「根拠が明らかにならないと、(現存しないという国の)主張が正しいものかわからないからです」とたしなめた。
 
重大事故を予見させる試算
 「出せ」「出せない」というやりとりの対象になった資料の内容は、実のところ、昨年9月3日に原告側弁護団から提出された準備書面に詳しく記されている。同書面ではその内容について次のような記述がある。
 
 「被告国(MITI=旧通商産業省)は、仮に今の数値解析の2倍で津波高さを評価した場合、その津波により原子力発電所がどうなるか、さらにその対策として何が考えられるかを提示するよう被告東京電力ら電力会社に要請…(以下、略)」
 
 こうした国の要請に基づいて各電力会社が業界団体の電気事業連合会(電事連)の部会に報告した内容は、「国会事故調」(東京電力福島原子力発電所事故調査委員会)の報告書(12年7月)に掲載されている。原告の準備書面に記述された内容も、国会事故調報告書からの引用だ。
 
 今となって見ると驚きを禁じ得ないが、国会事故調報告書に掲載された表では、福島第一原発の1号機から6号機までのすべてにおいて、水位上昇が想定の12倍に達した段階で「非常用機器に影響あり」を意味する「×印」が記されている。そして表に記された結果について、国会事故調の報告書では次のような解説がある。
 
 「電事連は当時最新の手法で津波想定を計算し、原発への影響を調べた。想定に誤差が生じることを考慮して、想定の12倍、15倍、2倍の水位で非常用機器が影響を受けるかどうか分析している。福島第一原発は想定の1.2倍(O.P.(福島県小名浜港の平均海面)+59メートル~62メートル)で海水ポンプモーターが止まり、冷却機能に影響が出ることが分かった。全国の原発のうち、上昇幅12倍で影響が出るのは福島第一原発以外には島根原発(中国電力)だけであり、津波に対して余裕の小さい原発であることが明らかになった」
 原発で冷却機能が停止した場合、炉心損傷や最悪の場合には炉心溶融(メルトダウン)を引き起こすことが知られている。しかしながら、「(国は)想定し得る最大規模の地震津波については東通原発をはじめとする申請書には記載しないという方針を採った」と、電事連資料(会合議事録)に基づく国会事故調報告書を引用する形で原告弁護団は非難している。
 
 国会事故調報告書によれば、問題の電事連会合が開催されたのは1997年6月。しかし、東電は重大事故が起こりうるとの指摘に対して有効な対策を取ることをせず、福島第一原発はそれから13年後に大津波に飲み込まれた。
 関係者への聞き取りや資料などの検証を踏まえて、国会事故調は報告書の中で津波リスクについて、「認識していながら対策を怠った」と断定。「福島第一原発は40年以上前の地震学の知識に基づいて建設された。その後の研究の進歩によって、建設時の想定を超える津波が起きる可能性が高いことや、その場合すぐに炉心損傷に至る脆弱性を持つことが、繰り返し指摘されていた。しかし、東電はこの危険性を軽視し、安全裕度のない不十分な対策にとどめていた」と、国会事故調は厳しく批判している。
 
2006年には全電源喪失の試算も
 このように、国会事故調報告書の中で詳しく引用されていることから見ても、監督官庁である経済産業省が電事連部会の議事録や資料を所有していないとは考えがたい。しかし、「現存していない」とする理由について国側の弁護士は「述べる必要がわからない」という信じがたい発言をしている。
 
 原発の津波対策が進まなかった背景には3つの問題があるとしたうえで、国会事故調報告書は「原子力安全・保安院が津波想定の見直し指示や審査を非公開で進めており、記録も残しておらず、外部には実態がわからなかったこと」を問題の第一に挙げている。その隠蔽体質は現在も変わっていないように見える。
 国会事故調などの調査で明らかになったことだが、津波によって福島第一原発が浸水する可能性は、政府の地震調査研究推進本部による「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(02年7月)や、東電社内での「溢水勉強会」(06年)などでもたびたび指摘されていた
 


 06年5月の溢水勉強会では、「O.P.+10メートルの津波が到来した場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険性があること」が報告されたと国会事故調報告書は言及している。また、東日本大震災時とほぼ同レベルの「O.P.+14メートルの津波が到来した場合、建屋への浸水で電源設備が機能を失い、非常用ディーゼル発電機、外部交流電源、直流電源すべてが使えなくなって全電源喪失に至る危険性があることが示された。それらの情報が、この時点で東電と保安院で共有された」とも国会事故調報告書は述べている。
 しかしながら東電は、今回の訴訟での準備書面の中で、溢水勉強会での記述内容については「一定の溢水が生じたと仮定して溢水の経路や安全機器の影響の度合い等を検証したもの」であり、「仮定的検証」に過ぎないと反論している。つまり、東日本大震災級の津波が来た場合のシミュレーションをしていながら、あくまでも実際に来た津波は「想定外」だという主張にほかならない。
果たしてこのような強弁は通じるのだろうか。
 
 原告側弁護団の馬奈木厳太郎弁護士は、「国や東電は02年、遅くとも06年までには津波による重大事故を予見できていたうえに、事故を回避するための必要な努力も怠っていた」と厳しく批判する。
 これに対して東電側は、唯一依拠する土木学会の「津波評価技術」に基づいて必要な対策を講じていたと反論している。その対策とは、6号機の非常用海水ポンプ電動機を20センチメートルかさ上げし、建屋貫通部の浸水防止対策と手順書の整備を実施したという程度にすぎない。
 
政府事故調も東電の見解を疑問視
 「政府事故調」(東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会)による最終報告書(12年7月)も、「重要な論点の総括」として、次のように述べている。
 「(東電が依拠する土木学会による)この津波評価技術はおおむね信頼性があると判断される痕跡高記録が残されている津波を評価基礎としており、文献・資料の不十分な津波については検証対象から外される可能性が高いという限界があったこと」
 「東京電力は、津波についてのAM(アクシデントマネジメント)策を検討・準備していなかったこと。また、津波に限らず、自然災害については設計の範囲内で対応できると考えており、設計上の想定を超える自然災害により炉心が重大な損傷を受ける事態についての対策はきわめて不十分であったこと」
 「全電源喪失について、東京電力は、複数号機が同時に損壊故障する事態を想定しておらず、非常用電源についても、非常用DG(ディーゼル発電機)や電源盤の設置場所を多重化・多様化してその独立性を確保するなどの措置は講じておらず、直流電源を喪失する事態への備えもなされていなかったこと。また、このような場合を想定した手順書の整備や社員教育もなされておらず、このような事態に対処するために必要な資機材の備蓄もなされていなかったこと」
 
これでは原子力発電事業者として失格と言わざるを得ない。
 
 「生業訴訟」の次回の口頭弁論は7月15日に予定されている。ここで国と東電は問題の資料が存在しない理由についての説明を迫られるとともに、シビアアクシデント(過酷事故)対策が十分だったかについても厳しい追及を受けることが必至だ。もはや両者とも「想定外」と言い続けるだけでは済まなくなってきている。