2014年7月22日火曜日

原発ADR 中立医師を参加させず 5例判明

 国の原発ADR「原子力損害賠償紛争解決センター」が、避難後に死亡したり後遺障害を負ったりした被災者に対する慰謝料を算定する際、中立的な立場の医師の意見を聞かないまま結論を出していたことが分かりました。
 センターの規定では、独自に中立的な医師から意見聴取できることになっていますが、毎日新聞取材しただけでも、死亡事例で3件、後遺障害事例で2件、この手続きを踏んでいないことが判明しました
 
 南相馬市の無職女性(66)は、2011年3月12日の原発事故で避難し、10日後に脳出血を起して重い後遺症を負いました。
 女性側はセンターに、救急搬送先の医師「(原発事故の影響の)程度は分からない」とする診断書、かかりつけ医とリハビリ担当医のそれぞれ「ほぼ全面的」に事故の影響とする診断書を提出しましたが、センターは東電側女性を診察したことのない医師の「影響は50%前後」とする見解に従って、慰謝料700万円とする和解案を提示して和解が成立しました。
 
 センターの和解仲介室長は、平均約半年間審理期間を維持するために、「専門家への聴取はしていない」と話したということですが、単に東電側の意向に沿ったものとしか考えられません。
 
 一生分の賠償額がそんな決められ方をしたのでは、とても納得することはできません。
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原発ADR:中立医師を参加させず 5例判明 憤る被災者
毎日新聞 2014年07月21日
 東京電力福島第1原発事故の賠償問題を裁判外で解決する手続き(原発ADR)を担当する国の「原子力損害賠償紛争解決センター」が、避難後に死亡したり後遺障害を負ったりした被災者に対する慰謝料を算定する際、中立的な立場の医師の意見を聞かないまま結論を出していたことが分かった。センター側は迅速に処理するためと説明するが、被災者側の医師の主張を覆し、低額の慰謝料で和解した事案もある。手続きの不透明さが一層鮮明になった。【関谷俊介、神足俊輔】
 
 センターの「業務規程」には「専門的知見を有する者から意見聴取できる」と記載され、独自に中立的な医師から意見聴取できる。しかし、毎日新聞の取材では、死亡事例で3件、後遺障害事例で2件は、この手続きを踏んでいない。このうち、福島県南相馬市の無職女性(66)の場合、被災者側の医師2人の意見が覆された。
 
 女性は高血圧の既往症はあったが他に病気はなく、家事や畑仕事をこなしていた。2011年3月12日の原発事故で避難を開始。10日後の午前5時ごろ、2カ所目の避難先の体育館で、トイレに腰掛けたまま意識を失い、救急搬送され福島市の病院に緊急入院した。
 
 診察結果は脳出血。リハビリで左手足は少しは動くが、感覚は戻らない。つえなしで歩けなくなった。原発事故で自宅への立ち入り制限が続いており、今は次男と孫の3人でアパートを借りて暮らす。「迷惑をかけまい」と台所に立ったこともあったが、まひした左手を包丁で切ったことに気づかず、血が流れていて驚いたこともある。家事ができず「死んだ方がましと思うこともあった」。
 
 原発ADRには女性を診察した医師3人が意見を記載した文書を提出した。救急搬送先の医師は「(原発事故の影響の)程度は分からない」としたが、かかりつけ医とリハビリ担当医がいずれも「ほぼ全面的」に事故の影響とした。東電側は「影響は50%前後」とする、女性を診察したことのない医師の見解を提出。センターは13年8月、中立的な医師に意見を聞かないまま「50%」とし、慰謝料700万円とする和解案を提示。50%と判断した理由は記載されていなかったが「もう年だし、あきらめるしかない」(女性)と、同10月に和解が成立した。
 和解後、中立的な医師の意見聴取を実施していないと知った次男は「専門家の意見を聞いてほしかった。これでは申し立てた意味がない」と憤った。センターの事務を担当する「原子力損害賠償紛争和解仲介室」で今年3月まで室長を務めた野山宏氏は取材に対し「専門家への聴取はしていない。一件一件丁寧にやり出したら、今の審理期間(和解まで平均約半年)は維持できない」と話した。
 センターを巡っては通常の損害賠償訴訟より低い死亡慰謝料の基準額を設定。「事故の影響はほぼ一律に50%」とするルールも適用し、基準額の半額で和解する事例が相次いでいる実態が明らかになっている。
 
◇他のADRは幅広い識者が参加
 原子力損害賠償紛争解決センターによる裁判外の紛争解決手続き(原発ADR)で、中立的な医師への聴取が行われていない実態に、識者から疑問の声が出ている。他のADRでは意見聴取にとどまらず、幅広い専門家が判断に加わる制度が普及しているからだ。
 欠陥建築物などを対象にする国の「建設工事紛争審査会」は、争点が単純な場合は弁護士1人で判断するが、複雑な場合、大学教授や建築士らが加わる。消費者トラブルを取り扱う国民生活センターの「紛争解決委員会」も、事案によって医師、建築士らが加わる。
 民間ADRも同様だ。土地の境界や医療過誤、金銭トラブルなど民事全般を取り扱う「総合紛争解決センター」(大阪市)には、弁護士だけでなく、テーマに応じて土地家屋調査士や医師、公認会計士、税理士が参加する。家電製品の事故を巡る「家電製品PLセンター」(東京)も弁護士、学者、技術者らが和解案を決める。
 
 ADRに詳しい植木哲・朝日大教授(民法)は「原発ADRが、法律家だけで判断しているのは問題だ。専門医の意見を聞く機会を設けなければ、被災者の納得できる解決にはならない」と批判した。【高島博之】