2016年2月3日水曜日

課題を置き去りにしたままの 高浜原発再稼働

 東電福島の原発事故で明らかにされた課題の多くは解決されていません。泉田新潟県知事がいうように、あの原発事故がなぜ起きたのかの解析も、事故後5年が経過しようとしているのに何も進んでいません。
 高浜原発に限定してみてもやはり多くの課題を置き去りにしたまま、この度同原発3号機が再稼働しました。
 人々の安全と安心は確保できるのか。その先に何が待っているのかを考える」として、中日新聞 が3回にわたって <置き去りの先に 高浜再稼働> を特集しました。
 各回のテーマは、「上」:避難計画の実効性の乏しさ、「中」:運転に伴って増量するプルトニウムの問題、「下」:過酷事故時の国・電力会社による補償の不十分さ・・・です。
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<置き去りの先に 高浜再稼働>
   (上) 机上の避難計画
中日新聞  2016年1月31日
 関西電力高浜原発(福井県高浜町)から南西へ百二十キロほど離れた兵庫県宝塚市のスポーツセンター。3号機の再稼働が間近に迫った二十一日、記者が訪ねると、責任者という中年の男性が首をかしげた。「えっ。わたしはここが避難先とは聞いてませんが…」
 
 国の広域避難計画によると、高浜原発で重大事故が起き、風向きなどで東に逃げられない場合、地元の高浜町民ら七千人が宝塚市に避難することになっている。スポーツセンターは受け入れ先に指定されている市内十五施設の一つだ。
 宝塚市総合防災課の担当者は「(センターが)避難先に指定されているのは間違いない。管理者の認識が不足していた」と周知不足を認める。計画では避難者のための食料や布団の調達は市町に委ねられているが、センターには何もない。担当者は「関西広域連合や(兵庫)県から具体的な指示がなく、市では何も決められない」と漏らした。
 
 高浜原発は先行して再稼働した九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)と異なり、国の計画で避難対象とされる三十キロ圏が県境を越える。圏内の住民は福井、京都の計十一市町、十七万九千人。避難先は兵庫や徳島など四府県五十六市町に及ぶ。関係自治体間の連携は容易ではない。
 また、避難の際は安定ヨウ素剤の配布場所に寄ったり、放射性物質が付着していないかを調べるスクリーニング検査を受けたりすることになっているが、これも実効性に疑問符が付く。
 兵庫県へマイカーで避難する場合のスクリーニング検査は、舞鶴若狭自動車道の綾部パーキングエリア(PA)=京都府綾部市=で実施される。だが、駐車スペースは数十台分。検査を担当する福井県の職員は、百五十キロ離れた県庁から誰よりも早く駆け付けなければならない。
 
 そもそも避難道となる舞鶴若狭自動車道や、代替となる国道は大半が片側一車線しかない。「海水浴の時期ですら渋滞するのに、円滑に避難できるはずがない」。高浜原発から約四キロ離れた高浜町小和田の農業、東山幸弘さん(69)は「避難計画は、再稼働に間に合わせるために役人が無理やり作った机上の空論。現実に即していない」と批判する。これに対し、福井県は「その時々の情勢に対応する」(危機対策・防災課)と臨機応変に臨むという。
 
 高浜3号機が再稼働した二十九日の会見で、丸川珠代原子力防災担当相は「緊急時対応についても、引き続きより一層の緊張感を持って備えをしたい」と述べたが、今のところ、福井と、隣接する京都、滋賀三府県の合同避難訓練すら、開催のめどが立っていない。
 人々の安全と安心は確保できるのか。多くの課題を置き去りにしたまま高浜原発3号機が再稼働した。その先に何が待っているのかを考える。 (小浜通信局・平井孝明)
 
<国の広域避難計画> 福島第一原発事故を受け、各原発ごとに内閣府が半径30キロ圏内の自治体と協議し、策定を進めている。複数府県にまたがる避難計画は高浜原発が初めてで、昨年12月18日、国の原子力防災会議で了承された。先に再稼働した九州電力川内原発(鹿児島県)と、地元同意が済んでいる四国電力伊方原発(愛媛県)でも作られている。
 
 
<置き去りの先に 高浜再稼働>
   (中) 減らない核燃料
中日新聞  2016年2月1日
 「プルサーマルの推進、そして核燃料サイクルの推進という観点から非常に意味がある」。関西電力高浜原発3号機(福井県高浜町)が再稼働した一月二十九日、林幹雄経済産業相が会見で期待を込めた。
 プルサーマルとは使用済み核燃料からプルトニウムとウランを取り出して作る「MOX」と呼ばれる燃料を通常の原発で使う発電のこと。新規制基準下で実施されたのは高浜が初めてだ。
 核のごみ、と揶揄(やゆ)されることが多い使用済み核燃料だが、日本はこれを資源として再利用する核燃料サイクルの確立を目指してきた。その両輪がMOX燃料を使い、消費した以上のプルトニウムを生み出すとされる高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)と、プルサーマル発電だが、もんじゅは度重なるトラブルから原子力規制委員会に運営主体の変更を迫られるなど、先行きが見えない。そんな中、高浜の再稼働は核燃料サイクルを回すため、小さいながらも火が灯(とも)ったことを意味する。
 
 ただ、福島第一原発事故前にプルサーマル発電で消費したプルトニウムは計一・九トン。核燃料サイクルのため、ため続けたプルトニウムは二〇一四年末時点で、国内外に四七・八トン。非軍事用では世界全体の五分の一に相当し、原爆五千発に相当するとされる。
 関電が二月中の再稼働を目指す高浜4号機や、再稼働を申請中の四国電力伊方3号機(愛媛県)などもプルサーマル発電だが、これらがすべて再稼働したとしても、ため込んだプルトニウムのうち、MOX燃料として消費できる量はわずかだ。
 
 「(核燃料は)再処理せずに直接、処分すべきだ」。軍備管理と核不拡散問題の専門家でつくる「国際核分裂性物質パネル」のメンバーで原子力・核政策アナリストの田窪雅文さんは、高浜原発が支えようとしている核燃料サイクルそのものを否定する。
 サイクルが、よほどうまく回らない限り、その存在はプルトニウムをためる口実と化すからだ。
 
 北東アジアでは韓国が原子力協定を結ぶ米国に対し、日本のような再処理を認めるよう求め続けている。中国にも日本の動向をにらみ、再処理技術を促進しようとの主張がある。
 「韓国内には北朝鮮に対抗し、核武装を主張する声もある。今後、実際に核開発を進めようとする国が、プルトニウムをため込むために日本をあしき前例にする可能性はある」と田窪さん。唯一の被爆国である日本が、核拡散を助長させるのか。日本の核燃料サイクルはそんな点からも世界で注視されているという。 (福井報道部・塚田真裕)
 
<MOX燃料> 原発から出る使用済み燃料からウランとプルトニウムを取り出し、混ぜて作った核燃料で、「ウラン・プルトニウム混合酸化物(Mixed Oxide)燃料」の略称。通常の原発で使うプルサーマル発電は、日本では2009年に九州電力玄海3号機(佐賀県)で初めて本格導入。伊方3号機(愛媛県)、高浜3号機のほか、水素爆発を起こした福島第一原発3号機でも実施例がある。電気事業連合会は全国の16~18基の原発でプルサーマル発電の導入を目指している。
 
 
<置き去りの先に 高浜再稼働>
   (下) 責任取れるのか
中日新聞  2016年2月2日
 福井県鯖江市に住む柑本(こうじもと)修さん(46)は昨年十二月、アルバイトを始めた。北陸新幹線の整備に伴う文化財調査で時給は九百円。福井市のJR福井駅近くの現場で週四、五日、土を掘り返す。「農業だけでは生活できないから…」と嘆息する。
 
 東京電力福島第一原発事故が起きたとき、福島県二本松市の郊外で無農薬のコメを作っていた。原発から六十キロほど離れていたが、地域のコメから基準値を超える放射性物質が検出され、柑本さんの水田も出荷制限がかかった。知人のつてを頼り、遊休農地があった鯖江市に移り住むことに。ニンニクやタマネギを育て、昨年春には市内の古民家で農家民宿も始めたが、いずれも軌道に乗ったとは言えない。
 事故後、再出発のため「数百万円は使った」という。水田は売れなかった。だが、東電から支払われた賠償金は家族三人分で約六十万円。政府が指示していない二本松市からの避難は自主避難とされたからだ。「人生を無理やり、変えられたのに…」と憤る。
 
 政府の指示があった地域は自主避難扱いと比べ、賠償額は多いが、ここにも格差がある。福島県川内村の村議志田篤さん(67)は「家族四人の場合、同じ村内でも二十キロ圏なら約一億円二十~三十キロ圏は八百万円ほど」と明かす。二十キロを境に指示が避難と屋内退避に分かれたためで同村には両圏が混在する。志田さんは「放射能が二十キロでぴたっと止まるのか」と怒りをあらわにした。
 こうした賠償額の算定は、国の原子力損害賠償紛争審査会が定めた指針に基づく。「指針は多様な被害の実態と乖離(かいり)している」と指摘するのは、民間による実態調査「原発避難白書」の作成に携わった江口智子弁護士だ。
 
 納得できない被害者は、国の原子力損害賠償紛争解決センターに裁判外紛争解決手続き(ADR)を申し立て、指針を上回る条件の和解案を提示されることもある。だが、強制力はなく、東電は拒否できる。泣き寝入りする被害者を減らそうと、昨年十二月の原子力委員会でADRの和解案に法的拘束力を求める意見も出されたが、議論は深まっていない。
 そんな状況で、高浜原発が再稼働した。
 
 以来、柑本さんはどうにも天候が気にかかる。本職の農作業。冬越しのタマネギは冷たい風が甘くする。が、もしも事故が起きたら、その風がまた放射性物質を運んでくるかもしれない。
 今、柑本さんの畑がある鯖江市は高浜原発から約八十キロ。三十キロ圏からは外れ、事故が起きたときの避難計画もない。「福島の事故の責任が果たされていないのに、高浜で何かあったとき、関電と政府が責任を取れるとは到底思えないんです」  (社会部・西尾述志)
 
<福島第一原発事故の賠償> 東京電力と原子力損害賠償・廃炉等支援機構は要賠償額を7兆753億円と見積もり、1月22日現在、個人、法人などを合わせ約239万9000件で計5兆6947億円を支払った。大半は国が立て替え、返済費用は電気料金に上乗せされている。国の原子力損害賠償紛争解決センターには1万8801件の申し立てがあり、和解が成立したのは7割の1万3414件。原発避難白書によると、2015年4月現在、名古屋、福島、東京など18地裁で計25件の集団賠償訴訟が起きており、原告数は9900人余りに上る。