2016年7月27日水曜日

26- キロ6万3000ベクレル汚泥 濃度告げず産廃処分

東海村 6万3000ベクレル汚泥 濃度告げず産廃処分 福島第1事故後
 茨城新聞 2016年7月26日
 東京電力福島第1原発事故で放出された放射性物質を巡り、東海村が2011年7月、1キロ当たり約6万3千ベクレルの放射性セシウム濃度が測定された汚泥を、濃度数値を知らせずに産廃業者に引き渡し、処分していたことが25日、分かった。汚泥がその後、どこでどういった形で処分されたか、村は「分からない」としている。山田修村長は「産廃業者に濃度数値を伝えなかったのは不適切だった。村が一時保管するなど他に最善の方法はあり、対応に問題があった」とした。
 
 汚泥は重さ約470キロで土のう24袋分。同村船場の村営屋外プールの底にたまっていた。当時は同8千ベクレルを超す放射性物質を含む「指定廃棄物」基準は設定されていなかった。
 村教委によると、村からプールの管理を委託されている村文化スポーツ振興財団は11年6月2日、水が張られたプールの底の汚泥を採取し、翌3日に汚泥から1キロ当たり約6万3千ベクレルの放射性セシウム濃度が測定された。財団は同9日に財団を所管する村教委の指示でプール脇の土中に汚泥を埋設。その後、財団は7月5日、汚泥を掘り起こして土のう計24袋に詰め、ブルーシートで覆ってその場に保管。同12日に村教委の指示に基づき産廃会社に処分を委託、汚泥を引き渡した。
 同社に処分を委託する際、財団は汚泥に含まれる放射性物質濃度の数値を伝えていなかった。村教委の聞き取りに対し、同社社長は「村側から放射性物質を若干含んだ汚泥とは聞いたが、数値は教えられなかった」と答えたという。
 
 汚泥に関し、村教委は村災害対策本部に一切報告しておらず、当時の村上達也村長や教育長も状況を知らされていなかった。処分を了承した当時の教育次長は茨城新聞の取材に「一刻も早く人が集まる場所から汚泥を移動させたかった」と説明。当時の判断について「村民が被ばくする危険性を除く最善の方法だった」とした。
 ただ、村教委には、誰がどういった経緯で判断し、財団に指示したかなどの記録は残っておらず、同社に引き渡した後、汚泥がどう処分されたか分からなくなっている。
 山田村長は「(汚泥の扱いは)本来は災対本部で協議すべき事案で、情報共有ができていなかった」と話した。 (斉藤明成)
 
★放射性物質を含む汚泥などの廃棄物
 東京電力福島第1原発から放出された放射性物質を含む廃棄物については2011年12月、環境省令で同8千ベクレルを超す廃棄物は環境大臣が指定し、国が処分すると規定。「指定廃棄物」は国に引き渡すまで各自治体・民間事業者が適切に管理しなければならないとされた。