2016年8月1日月曜日

高浜原発(1,2号機)の過酷事故対策はなってない

 老朽原発の運転延長で最も懸念されるのは原子炉圧力容器の中性子照射による脆化ですが、実は規制基準に盛り込まれている過酷事故対策自体が有効なのかという問題があり、新規制基準は「すでに存在する原発を再稼働できるように配慮したもの」になっているのではないかと疑われるということです。実際、これまでの規制委の姿勢や言動を見ているとそう考えることで納得がいきます。
 
 東洋経済の記者が、旧原子力安全委員会事務局で技術参与を務め、現在は「原子力市民委員会」のメンバーとして市民の立場で審査内容を検証している滝谷紘一氏にインタビューしました。
 
 滝谷氏は、一例として過酷事故での水素爆発対策を取り上げるとして、規制基準上、様々な問題があることを明らかにしました。
 原子炉が過酷事故を起こして核燃料鞘管の材料であるジルコニウムが1200℃に達すると水素を発生して水素爆発に繋がりますが、そのとき水素濃度が13%を超えると「爆轟(ばくごう:爆発燃焼時の膨張速度が音速を超え衝撃波を伴う現象)」が起きて最大の被害が生じます。
 その対策として各電力会社は水素濃度がそこに達しないように、「イグナイタ」という装置で水素を燃焼させる方法を採ろうとしているそうですが、それ自体爆発の点火源とるという矛盾があるし、当然労働安全衛生規則で禁じられています。
 政府は原子炉や格納容器内は適用範囲外だと説明していますが、格納容器外であってもその近くで作業している労働者にとっては大変な脅威であることは明らかです。
 また、高浜1、2号機では、審査ガイドに従って原子炉圧力容器が破損するまでに全ジルコニウム量合計約82%の反応による水素発生量を求め13%に達しないから安全だと評価し、規制委もそれを認めていますが、川内原発1、2号機の審査では九州電力ジルコニウムの100%が燃焼するとして水素発生量を評価しているので、矛盾しているとしています。
 
 インタビューは専門的で分かりにくい内容ですが、こうした根本的な点でもゴマカシに近いことが行われているということが分かります。
 以下に東洋経済オンラインの記事を紹介します。
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"老朽"高浜原発の過酷事故対策はなってない 
「再稼働のための審査」と専門家が告発
岡田 広行 東洋経済オンライン 2016年07月30日
関西電力・高浜原子力発電所1、2号機の40年を超す運転延長が、6月20日、認められた。福島原発事故後に制定された新たなルールのもとで、原子力規制委員会が40年を超える老朽原発の運転延長を認めたのは初めてのことだ。
 
だが、同原発に関しては原子炉圧力容器の中性子照射脆化など老朽化による安全性低下に懸念が持たれているほか、炉心溶融などシビアアクシデント(過酷事故)対策についても疑問を抱く専門家がいる。旧原子力安全委員会事務局で技術参与を務め、現在は「原子力市民委員会」のメンバーとして市民の立場で審査内容を検証している滝谷紘一氏に、過酷事故時の対策を中心に新規制基準の内容や同基準に基づく審査プロセスの問題点について聞いた。
 
――滝谷さんは福島原発事故以前に原子力の規制当局で原発の安全規制に関わってこられました。
滝谷 私はもともと川崎重工業に研究者として勤務していたが、2000~08年の8年間にわたって、当時の原子力安全委員会事務局に在籍し、主に原子力安全・保安院(当時)が実施した安全規制をチェックする部署で技術専門職として仕事をしてきた。実務としては、保安院による工事計画認可や保安検査、使用前検査などの後続規制の検証を担当した。中部電力・浜岡原発1号機で高圧注水系分岐蒸気配管のギロチン破断事故が起きた際には、原子力安全委員会が設けた事故調査検討会に参加した。
 
再稼働を取り計らう審査ではないのか
――滝谷さんはこれまで岩波書店の月刊誌『科学』への投稿などを通じて、原発の過酷事故対策に問題ありとして警鐘を鳴らしてこられました。関電・高浜原発1、2号機を例に、具体的にどのような点に問題があるとお考えでしょうか。
滝谷 2013年7月に施行された、原発再稼働の必要条件となる新規制基準については、原発の立地評価外しに始まって、地震動・津波評価、プラントの設計評価から防災対策に至るまでさまざまな問題点がある。それらを貫いている根本的な疑問として、「原発の過酷事故対策は住民の安全を守るうえで果たして有効なのか」という問題がある。突きつめて言うと、新規制基準のそれぞれの項目について、すでに存在する原発を再稼働できるように取り計らった規則や審査ガイドになっているのではないかということだ。
一例として、過酷事故での水素爆発対策を取り上げたい。福島原発事故では炉心の溶融を通じて大量の水素が発生し、原子炉格納容器内から建屋に漏れ出したところで酸素と反応して大爆発が起きた。原子炉建屋の上部が吹き飛んだ瞬間のテレビ映像は、多くの国民の脳裏に焼き付いている。
 
「現状の過酷事故対策は、安全対策になっているどころか危険性を増すものが入っている」と滝谷氏は指摘する
新規制基準では、過酷事故時にこれから述べるような水素爆発を防止するための対策を電力会社に求めているが、うまく機能するとは思えない。
まず過酷事故の代表的な想定シナリオとして、原子炉に直結している大口径の配管が破断し、かつすべての交流電源が喪失する場合を取り上げる。
そうなると、冷却水が失われ、電動ポンプのある緊急炉心冷却装置も格納容器スプレイ装置も動かない。こうした場合にはわずか20分ほどで原子炉の炉心が溶融し始める。そこで問題になってくるのが大量の水素の発生だ。
ジルコニウム合金を材料とする燃料被覆管が1200℃を超す高温状態で水と接触すると、急激な化学反応を起こして水素が発生する。また、溶融した炉心が原子炉圧力容器の底部を破損させて格納容器の床のコンクリートに接触すると、「溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)」により、コンクリートが熱分解されて炭酸ガスと水蒸気が生じ、溶融炉心に残っているジルコニウムと水との反応によってここでも多量の水素が発生する。
原子炉格納容器内の水素濃度が高まると爆轟(ばくごう=爆発現象の最も厳しい形態で、衝撃圧が発生)防止の判断基準値13%を超える可能性がある。そのため、新規制基準の審査ガイドでは13%以下になるように格納容器破損防止対策を求めている。問題はその対策に実効性があるのか、また、水素発生の評価が妥当なのかだ。
 
水素爆発を防ぐとされる「イグナイタ」の危険性
――具体的にはどのようなことでしょうか。
滝谷 水素爆発を防止するための対策として、高浜1、2号機も含めて加圧水型原子炉(PWR)では「イグナイタ」(ヒーティングコイルに通電して加熱し、水素を燃焼させる装置)の設置を各電力会社が打ち出している。だが、この対策には問題がある
労働安全衛生規則(厚生労働省令)第279条では「危険物等がある場所における火気等の使用禁止」が定められている。水素ガスを意図的に燃焼させて濃度を下げることにより水素爆発を防ぐというイグナイタは、爆発の点火源となるおそれがあり、その使用は危険性が高い。原発で働く労働者の安全を脅かすことはもちろん、格納容器の破損により周辺の住民に甚大な放射線災害を与えると言わざるをえない。
――関西電力にコメントを求めたところ、原子炉格納容器内の水素濃度の高まりを抑えるためにイグナイタを使用する際には、格納容器内に労働者がいないことを確認するので、労働者の安全は確保できているということを理由に、労働安全衛生規則には抵触しないと回答しています。
滝谷 格納容器内に労働者がいなければ規則に抵触しないという考え方はおかしい。その理由は、格納容器内での水素爆発により格納容器破損個所から流出する放射能、熱風・高温水蒸気、瓦礫などにより格納容器外にいる運転員、作業員の安全が脅かされるからである。
福島原発事故では、格納容器が破損してそこから原子炉建屋内に流出した水素が爆発した。その際、屋外で注水作業に従事していた作業員が負傷し、消防車が破損する事故も起きている。
 
関電による水素発生量の評価は妥当でない
――厚生労働省によれば、労働安全衛生規則第279条は可燃性ガスに関する規制であり、原子力施設では常時水素を扱っているわけではないという理由から、この条文は適用されないと説明しています。
滝谷 これも理が通らない説明だ。なぜなら、一般産業施設においても水素爆発が問題になるのは常時ではなく、原子力施設と同じ様に設備機器の故障や人為ミスによる事故時である。事故時に生じるおそれのある水素爆発から労働者の安全を守る必要があることは、水素を常時扱っているかどうかには何ら関係しない。
――関電による計算結果についてはどう思われますか。
滝谷 炉心溶融が起きても格納容器内の水素濃度が13%以下に収まるという計算結果も信頼性が乏しい。具体的には高浜1、2号機では水素濃度が計算モデルや計算条件の不確かさを考慮に入れて最大約11.1%であり、爆轟防止基準を下回ることを確認していると規制委の審査書は記しているが、過小評価だと思われる。
 
関電は審査ガイドに従って、原子炉圧力容器が破損するまでに全ジルコニウム量の75%が水と反応することに加えて、前述の溶融炉心・コンクリート相互作用(MCCI)による発生を解析コードで計算して合計約82%の反応による水素発生量を求め、規制委も関電の評価を妥当としている。だが、川内原発1、2号機の審査では九州電力がMCCIの解析コードによらずにジルコニウムの全反応量を考えられる最大値の100%として、水素発生量を評価している。つまり、川内原発のほうがはるかに厳しい条件で評価している。
私の試算によれば、川内原発と同様の仕方で評価した場合、高浜1、2号機の水素濃度は約13.3%であり、判断基準をオーバーしてしまう。関電が計算に用いた解析コードMAAPは、水中条件での精度検証がされておらず、しかも国際的な専門家による検討では、相互作用を過小評価する特性があると報告されている。
この過小評価の問題については、高浜3、4号機についての新規制基準に基づく適合性審査書案のパブリックコメント(意見募集)で意見を提出したが、規制委はまともな回答をしていない。また、審査が先に終わった他のPWRと同じように、高浜1、2号機を対象とした過酷事故シミュレーションに関して、別の解析コードを用いたクロスチェックをしていないことも問題だ。
 
付け焼き刃の対策でむしろ危険度を増している
――本来の安全対策はどうあるべきだとお考えですか。
滝谷 採用されている過酷事故対策は、原子炉施設本体はほぼそのままにして、代替格納容器スプレイポンプ、可搬式の電源車、注水車など付け焼き刃的であるとともに、いずれも自動起動でなく手動操作によるものであり、作動の信頼性を欠いている。過酷事故対策は、抜本的な安全対策になっているどころか、危険度を増やす対策が入っていると言わざるをえない。
原子炉格納容器の下部に水を注入して落下した溶融炉心を冷却する方法は、注水の実施そのものに不確実性があるうえに、水蒸気爆発の危険性がある。これについても労働安全衛生規則第249条「水蒸気爆発を生じさせないために、溶融高温物を取り扱うピットの内部には水を浸入させないこと」に違反している。つまり、冶金工場や溶鉱炉など一般産業分野の「常識」に反しているのである。
このように、格納容器内の水素爆発防止対策、溶融炉心冷却対策とも、妥当性を欠くどころか、危険ですらある。欧州の新型炉では「コア・キャッチャー」と呼ばれるドライ(水を用いない)な状態で溶融炉心を受け止める対策が導入されている。これは、原子炉格納容器の底部に耐熱材料でできた受け皿を設置することで溶融炉心とコンクリートの相互作用を防ぐとともに、溶融炉心を長期的に冷却することを目的とした設備だ。
 
すでに建てられた日本の原発に今から導入することは容易ではないだろうが、仮にも再稼働をめざすのであれば、規制委は設置を義務付けるべきだろう。それができない原発は廃炉にするしかない
    
以上のようなインタビューを踏まえ、記者は、原子炉格納容器の下部に水を注入して落下した溶融炉心を冷却する方法が水蒸気爆発を引き起こすおそれがある点において労働安全衛生規則第249条に違反しているのではないかとの滝谷氏の問題提起について、関西電力、厚生労働省、原子力規制庁に見解を求めた。
 
労働者の安全確保のための審査が行われていない
関電は水蒸気爆発等の労働者の安全問題について、格納容器内に労働者がいないことを確認してから注水することを理由に労働安全衛生規則第249条には違反していないと回答している。また、厚労省は同規則第249条が適用されるのは製鉄所など溶けた金属をドライな状態で取り扱う施設を想定しており、原発では重大事故時に溶融炉心を水で処理することを想定しているために違反しているとは言えないと回答している。
 
一方、規制庁は新規制基準の一部を構成する「炉心損傷防止対策及び格納容器破損防止対策の有効性評価に係る標準評価手法(審査ガイド)」の策定に際して、労働安全衛生規則の条文を満たしているか否かについて、厚労省の担当部局に確認の手続きは実施していないと回答している。いずれにしても労働安全衛生規則に照らしてきちんと審査が行われた事実はない