2017年9月26日火曜日

映画 反原発の「知事抹殺」を問う 沖縄名護で上映

 福島県の佐藤栄佐久・元知事が逮捕され、有罪が確定した汚職事件の背景を追ったドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」が24日、名護市民会館で上映され200人が駆けつけました。名護に映画館を復活させようと活動するやんばるシネマの主催です。

 2016年の公開以来、全国各地で話題を呼んでいる映画で、原発政策を疑問視していた佐藤さんや関係者の証言を基に取り調べや公判の場面を再現しています

 やや詳しい解説は下記の記事(レーバーネット)に載っています。

   (関係記事)
9月5日 「知事抹殺」の真実 佐藤栄佐久元知事のたたかい
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映画 反原発の「知事抹殺」を問う 名護で上映 /沖縄
毎日新聞 2017年9月25日
【名護】福島県の佐藤栄佐久・元知事が逮捕され、有罪が確定した汚職事件の背景を追ったドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」が24日、名護市民会館で上映された。
 名護に映画館を復活させようと活動するやんばるシネマの主催。佐藤さんは06年に東京地検特捜部に逮捕され、同年に辞職した。同じく有罪になった実弟は取り調べで、検事から「なぜ知事は原発反対なのか」と問われていた。伊是名村出身で福島県に住む名嘉幸照さんが沖縄の基地問題と原発を「負の遺産」と指摘する場面もあった。

 安孫子(あびこ)亘監督(58)は東日本大震災後、福島県を拠点に活動し佐藤さんの取材を続けた。安孫子監督は「この事件は県民や国民に正しく伝わっていない。本当の真実はどこにあるのか。1人でも多くの人にこの事件を知ってほしい」とあいさつした。

 安孫子監督と対談した琉球新報社読者事業局の松元剛次長は「国にたてつく知事を威圧する検事の姿が表れていた」と指摘した。映画を見た野村務さん(77)は「沖縄と福島のつながりを感じ、心の底から気を引き締めた」と感想を述べた。

 25日は沖縄市民劇場あしびなー、26日は南風原中央公民館で上映される。安孫子監督のあいさつやトークイベントもある。(琉球新報)

浜岡建設受け入れ50年 今も原発マネーに依存

 中日新聞が、浜岡原発立地時に浜岡町長を務めた鴨川義郎氏にインタビューしました。
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浜岡建設受け入れ50年 原発マネー依存 今も静岡
中日新聞 2017年9月25日
 旧浜岡町(御前崎市)が中部電力浜岡原発の建設を受け入れてから二十八日で五十年を迎える。地元は事故やトラブルと向き合いながら、原発が落とす交付金などに頼ってまちづくりを進めてきた。しかし、二〇一一年三月の福島第一原発事故以降、南海トラフ巨大地震の想定震源域に立つ浜岡原発は全炉停止したまま。先行きは見通せない。
 町は一九六七(昭和四十二)年九月二十八日、安全確保などを条件に原発計画を受け入れた。約八年半後に1号機が営業運転を開始。二〇〇五年一月までに2~5号機も続いた。

 半世紀前は、農業が産業の柱だった旧浜岡町。これまでに約五百億円の電源三法交付金が入った。総合病院や図書館などが次々と建ち、道路も整備されて街並みはみるみる変わった。ただ、原発誘致に携わった元浜岡町長の鴨川義郎さん(90)は「裕福になり、職員や住民に知恵がなくなった」と、原発マネーに依存するあまり、自主的な行政運営能力が劣化した状況を憂う。
 御前崎市の一七年度一般会計当初予算百七十一億円に占める原発関連収入の割合は27%に上るが、固定資産税の減少などに伴って減っている。3、4号機の再稼働を巡る原子力規制委員会の審査は、優先した4号機の申請から三年半を過ぎた今も序盤の段階。耐震設計の目安となる地震の揺れなどについて、規制委と中部電力の間で議論が続いている。
(古根村進然)

◆職員や住民自主性失う 鴨川義郎元浜岡町長
 あの日から50年。「原子の火」がすべて消え、岐路に立つ町で、長く浜岡原発を見続けた住民たちに今の思いを聞いた。
 原発の建設を受け入れた当時、福島のような事故が起きるとは思っていなかった。責任は東電にあるだろう。原発立地自治体は財力が華々しかったが、住民は最後、先祖伝来の土地を離れて散り散りになっちゃった。気の毒だよ。
 福島事故後、浜岡原発再稼働の同意範囲を県と御前崎市のみとせず、周辺自治体にも求める声が大きくなった。
 福島という大きな事故があったでしょ。大勢の人が納得しなきゃ再稼働できない。全部が全部同意というわけにはいかんが、(五キロ圏内の)牧之原市が同意の範囲に入るのは当然だね。

 一九六七年四月の旧浜岡町の町長選。当選した故河原崎貢さんはその翌月に初めて原発計画を知った。町企画室長だった鴨川さんとともに、建設候補地の佐倉地区出身で産経新聞社長などを務め「財界四天王」と称された故水野成夫さんに相談に出向き、「泥田に金の卵を産む鶴が舞い降りたようなもの」と受け入れを勧められた

 お茶、たばこ、サツマイモ。町の産業は農業だけだった。貧しいねぇ。新しい事業も道路の舗装も、河川の改修もできません。職員は使用済みの封筒の裏表をひっくり返し、議員に出す通知に使っていた。私は原発計画を、元町長の父啻一(ただいち)から町長選前の六七年三月ごろに聞いていた。町長選の争点にならないように「言うなよ」と口止めされてた。産経新聞に載った七月頃から町民が騒ぎ出した。役場で化学を知っていたのは、専門学校で農芸化学を学んだ私ぐらい。町民には、原爆じゃなく、管理された原子力だから安全だと伝えるのが大変だった。
 浜岡原発1号機が稼働する中、マグニチュード8程度の地震が起きるという東海地震説が七六年に発表。七九年の米スリーマイル島原発事故、八一年には敦賀原発1号機放射能漏れと問題が集中、浜岡原発にも地元住民から冷ややかな視線が注がれた
 八二年に着工した3号機増設の時が一番大変だった。生活もまだ不便で、増設するなら町立病院を造らなきゃという気持ちがあった。中電からは十八億円かな、病院建設費の足りない分をもらった

 原発は五基できた。市は交付金の恩恵を受け、浜岡原発で働く約千五百人が市内で暮らしている。
 依存している。金がなければ何とかして財源を生みだそうとするが、あるからのうのうとするわけだ。職員も住民も。原発がないと日本はやっていけない。地域発展や国策のために協力してきた。浜岡は防潮堤を造り、福島のようにはならないと思う。でも、河原崎町長も言っていたが、一生十字架を背負っている。何かあれば、当時の責任者として、受け入れた側の責任を感じる。(浜岡原発取材班)

 <かもがわ・よしろう> 1927年7月19日、旧浜岡町佐倉出身。同町役場企画課長、総務部長を経て75年、同町長に就任。87年まで3期務めた。職員時代を含めて浜岡原発1~4号機の新増設に携わった。父啻一さんも60~63年に町長だった。

26- 小池氏 新党代表に 「原発ゼロ」を掲げるも

 小池百合子東京都知事は25日記者会見し、これまで自身に近い若狭勝衆院議員らが新党結成を目指して協議してきたものを「リセットして私が立ち上げる。直接絡んでいきたい」と明言しました。党名は「希望のです。

 党の理念として(1)希望の政治(2)希望を守る環境・エネルギー(3)憲法改正を挙げ、具体策に「原発ゼロ」を明記し「ゼロを目指す工程を作成しなければならない」と強調しました。

「原発ゼロ」自体は歓迎ですが、極右として知られている人なので憲法改正をはじめ、どのような具体的政策をもっているのか注目です。
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小池氏 新党代表に 「原発ゼロ」「改憲」掲げる
東京新聞 2017年9月26日
 小池百合子東京都知事は会見で、自身に近い若狭勝衆院議員らが新党結成を目指して協議してきたことに触れ「これをリセットして、私が立ち上げる。直接絡んでいきたい」と明言。党名は小池氏の政治塾「希望の塾」からの引用だと説明し、新党の顔として衆院選に全面関与していく姿勢を鮮明にした。次の衆院選に出馬しない考えも示した。
 小池氏は新党の理念も発表し(1)希望の政治(2)希望を守る環境・エネルギー(3)憲法改正-など提示。具体策に「原発ゼロ」を明記し「ゼロを目指す工程を作成しなければならない」と強調した。会見後、原発ゼロを訴える小泉純一郎元首相と会い、激励されたことも記者団に明らかにした

 ほかの具体策は議員定数・議員報酬の削減、徹底した情報公開など。消費税増税は「景気回復に水を差す恐れがある」と是非を議論すべきだと主張した。
 知事を続けながら、国政政党を立ち上げる意義に関し「都政により磨きをかけ、スピード感を確保していくためには、国政への関与が必要だ」と説明した。
 衆院選の候補者擁立方針では「これまで接点のあった新人の方々、議会経験のある方々に全国各地で出馬していただく」との意向を示した。

◆新党9人が届け出
 関係者によると「希望の党」は25日、政党設立届と国会議員9人の名簿を東京都選管に届け出た。国会議員は以下の通り(五十音順、敬称略)。
【衆院議員】
木内孝胤(比例東京)長島昭久(比例東京)細野豪志(静岡5区)松原 仁(比例東京)
笠 浩史(神奈川9区)若狭 勝(東京10区)
【参院議員】
行田邦子(埼玉)中山恭子(比例)松沢成文(神奈川)


新党で小泉元首相と会談 脱原発めぐり意見交換 小池都知事
時事通信社 2017年9月25日
 東京都の小池百合子知事は25日午後、都庁で小泉純一郎元首相と会談した。自ら代表に就く新党「希望の党」の発足や、脱原発を通じた自然エネルギーの普及などをめぐり意見を交換したという。
 会談時間は20分程度。小池氏は会談後、都庁で記者団に「(小泉氏から)頑張れと励まされた」と述べた。小池氏は会談前に行われた新党結成を表明する記者会見で、「原発ゼロ」を政策の一つに掲げる意向を表明していた。小池氏は2003年の第2次小泉改造内閣で環境相として初入閣した。 

2017年9月25日月曜日

原発事故 被災者の心の傷深く

 事故から6年半が過ぎた現在も約3万5千人が福島県外での避難生活を余儀なくされ、福島県から隣接する茨城県への避難者は約3500人に上ります
 その人たちを対象に昨年末に実施したアンケートで、2割が「最近30日以内に自殺したいと思ったことがある」と回答し、また回答者の4割近くに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがありました。
 東日本大震災と原発事故による被災者の心の傷の深さがあらためて浮き彫りになりました。
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原発事故 被災者の心の傷深く 茨城に避難の2割「最近自殺考えた」
東京新聞 2017年9月24日
 二〇一一年の東京電力福島第一原発事故で福島県から隣接する茨城県に避難した人を対象に昨年末に実施したアンケートで、二割が「最近自殺したいと思ったことがある」と回答したとの結果を筑波大や茨城県、避難者支援団体「ふうあいねっと」などのチームがまとめた。
 回答者の四割近くに心的外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いもあり、東日本大震災と原発事故による心の傷の深さがあらためて浮き彫りとなった。
 事故から六年半が過ぎた現在も約三万五千人が福島県外での避難生活を余儀なくされ、茨城県への避難者は約三千五百人に上る。チームの太刀川弘和・筑波大准教授(精神医学)は「二割の人が少しでも自殺を考えるというのは深刻で、引き続き長期的な精神的ケアが必要だ」と話している。

 アンケートは、避難者への支援策を探ろうと、昨年十~十二月、福島県から茨城県に避難している千四百七十人を対象に調査票を郵送。三百十人から回答があった。
 現在の心理状態を問う質問に67%が「何らかの悩みやストレスを抱えている」と答えた。
 心理状態の変化に関する質問では「震災直後は心の状態が悪かった」が72%で、「現在も心の状態が悪い」が42%と回復がみられた。しかし「最近三十日以内に自殺したいと思ったことがある」は20%に上った。
 専用の評価尺度を用いて回答を分析した結果、39%の回答者にPTSDの疑いがあった。
 太刀川さんは「時間がたつにつれて徐々に心の状態が回復する人が増える一方で、現在もさまざまな精神症状に苦しむ被災者がいることを忘れてはいけない」と指摘している。

25- 児童の甲状腺がん 無料の電話相談

 児童の甲状腺がんの多発を放射能のせいと認めない国と福島県が、治療その他に何の援助もしていない中で、民間の基金「3・11甲状腺がん子ども基金」崎山比早子代表理事)は、治療費の支援だけではなく、医師たちによる無料の電話相談にも応じています。
 日曜日の24日は都内の事務所で午後4時まで行いました。
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原発事故後の子どもの甲状腺がん 電話相談に不安の声
NHK NEWS WEB 2017年9月24日
東京電力福島第一原発の事故の後、甲状腺がんと診断された子どもの支援を行っている民間の基金による医師の無料の電話相談が行われ、がんが発症しないか不安を訴える相談などが寄せられています。
電話相談を行っているのは、民間の基金「3・11甲状腺がん子ども基金」で、24日は東京都内の事務所で4人の医師が相談に応じています。

原発事故のあと、福島県が事故当時18歳以下の子どもを対象に行っている甲状腺検査では、これまでに191人が、がんやがんの疑いと診断され、再発するケースも出ています。
午前中には、甲状腺周辺にしこりが見つかり、今後、がんを発症しないか不安だといった内容や、手術を受けた患者から術後の傷痕の状態についての相談などが寄せられました。

基金では、がんと診断された患者に1人当たり10万円の療養費の支援をしていて、24日の電話相談では、医師たちが医療的なアドバイスのほか、医療機関や支援制度の紹介も行っています。
基金の崎山比早子代表理事は「がんの再発や転移への不安の声も寄せられている。周りに相談できない人も多い。何か不安があれば電話してほしい」と話しています。

電話相談は24日午後4時まで受け付けていて、電話番号は0120-966-544です。

2017年9月24日日曜日

金曜日官邸前行動 第260回は土砂降りの中

 原発再稼働反対 金曜日官邸前抗議行動 260回目は土砂降りの中で敢行されました。
 レイバーネットの記事を紹介します。
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30分だけでもやります」~土砂降りの「原発抗議」金曜行動
レイバーネット 2017年9月23日
 9月22日金曜日、この日は昼ごろから雨が降りはじめ、夜には予報通り土砂降りになった。原発再稼働反対の抗議は中止になるのではないか、と案じつつ経産省前に赴くと、いつもは川柳プラカードを掲げて国会周辺をぐるぐる回っている乱鬼龍さん(写真上)が、珍しくマイクを握っていた。「淵上太郎さんの釈放を喜び、原発はもう時代遅れでダメなんだ」と訴えていた。
 その後、6時半ごろ<希望のエリア>に到着すると、雨脚がひどくなるなかで開催に向けて参加者は準備作業を行なっていた。主催のあすかさん(写真上)に「きょうは開催するのですか?」と尋ねると「30分だけでもやります」との声が返ってきた。彼女は長靴をはいていた。いつものコールがはじまると雨は一段と激しさをましていた。

 国会正門前集会は中止になっていて、警察官が数人、鉄柵の後片付けをしていた。官邸前の坂道は、傘の行列で「原発反対」の声を上げていた。その前を勤め帰りの若い人々がぞろぞろ帰っていく。
 前日、アル・ゴア(元米国副大統領)の『不都合な真実2』を試写でみて、地球がひどい状態になっていることを思い知らされた。巨大な氷河が噴火山のように白煙を上げながら次々と消えていく。早急に自然再生エネルギーへの転換をはからなければ、地球から人類が消滅していく日はそう遠くはない、と思わせる。
 悪しき先導者の一人、安倍首相にきょうも人々は「ノー」の声を上げている。そんな人を笑いたければ笑うがいい。〔木下昌明〕

千葉訴訟 論理が後退している

 千葉地裁は判決で「国や電力会社が投資できる資金や人材は限られ、すべてのリスクに対応することは現実的には不可能だった。仮に対策をとっていたとしても、東日本大震災の津波の規模から考えると事故は避けられなかった可能性がある」と述べていますが、「すべてのリスクに対応できないのであれば原発を運転してはならない」というのこそが鉄則なのではないでしょうか。
 現にひとたび原発が過酷事故を起こせば、1000年が経過しても原状には復せないということが、福島原発事故で明らかになっているのにもかかわらず何とも弛緩した判決です。

 10mを超える津波の到来を予見し得たことを「前提」として認めながらも、その後の論理展開は屈折を繰り返し予想外の地点に着地するというなんとも奇妙な判決でした。

 東京新聞と高知新聞の社説を紹介します。
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【社説】原発・千葉訴訟 論理が後退している
東京新聞 2017年9月23日
 津波を予見できた。それは千葉地裁も認めたが、事故を回避できなかった可能性がある-。福島第一原発事故の損害賠償を求めた判決は、三月の前橋地裁判決から論理が大きく後退した。残念だ。
「不当判決」と原告側弁護士は法廷を出て述べた。それは判決の論理が、原告側が主張したものとは全く違っていたからだ。津波と事故の因果関係から、国や東京電力に法的責任があることを明確にすることだ。
 三月の前橋判決では「地震や津波は予見できた」と認めたし、「一年でできる電源車の高台配備やケーブルの敷設という暫定的対策さえ行わなかった」と東電の対応のずさんさを指摘していた。つまり、経済的合理性を安全性に優先させたという構図を描いていた。

 ところが、千葉地裁の論理は異なる。例えば十メートルを超える津波が来ることは予見できたと認めても、当時は地震対策が優先課題だったとする。津波の長期評価には異論もあったから、対策を講ずる義務が一義的に導かれるとはいえない-。こんな論法を進めるのだ。
 判決はさらにいう。仮に原告がいう対策をとったとしても原発事故に間に合わないか、結果的に全電源喪失を防げなかったかもしれない。いずれにせよ原発事故は回避できなかった可能性もある-。

 裁判官がこんな論理を使って、全国各地の原発の再稼働を認めていったらたまらない。原発事故は一回起きてしまったら、もうそこには住めなくなる。放射能がまき散らされて、どんな被害が起きるのか、いまだに不明な状況なのだ。
 十メートルを超える津波が来る。そんな予見ができたのなら、ただちにその対策をとる。全電源喪失に至らないよう、考えうる万全の備えをする。それが常識ではないか。千葉地裁の論法を使えば、津波が予想されても、別の優先課題があれば津波対策をしなくてもよくなってしまう。何とも不思議な判決である。

 福島の原発近くに住んでいた人々は、まさか事故が起きるとは思わなかった。平穏な暮らしだった。原告が求めていた「ふるさと喪失」の慰謝料については、「事故と因果関係のある精神的損害として賠償の対象となる」(千葉地裁)と述べた。当然である。
 原発事故の同様の訴訟は全国約三十件あるという。一件目が前橋、二件目が千葉だ。被害は広く、継続し、深刻である。不可逆的でもある。裁判官にはその重みを知ってほしい。


【原発訴訟判決】安全のよりどころ揺らぐ
高知新聞 2017年9月23日
 東京電力福島第1原発事故で千葉県内に避難した住民らが、国と東京電力に損害賠償を求めた訴訟で、千葉地裁が東電に計約3億7600万円の支払いを命じた。国への請求は退けた。
 全国で相次いでいる同種の訴訟では、ことし3月の前橋地裁判決が初の司法判断となり、津波対策を怠ったとして国と東電の双方の責任を認め、賠償を命じている。

 それに比べ、今回は責任追及に消極的と言わざるを得ない内容だ。
 判決で千葉地裁は、国は巨大津波の発生を予見できたが、対策を取らせる義務までなく、対策を取っても事故を回避できなかった可能性があると指摘した。
 前橋地裁判決では、東電は2002年に想定を超える巨大津波の襲来を予見できたとし、国は規制権限を行使して東電に対策を講じさせるべきだった、と判断していた。国と東電は控訴したが、避難者の苦しみに寄り添い、多くの国民の感覚にも合致する判決だった。
 原発は国策で進められてきたのであって、安全確保には事業者だけでなく、国も重大な責任を負う。それが多くの国民の認識であり、立地自治体の受け入れのよりどころにもなってきたはずだ。
 千葉地裁判決のような責任の程度であれば、立地自治体や周辺自治体の住民は安心して暮らすことができなくなる。国際原子力機関(IAEA)が事故に関する報告書で、東電は対策を怠り、国も迅速な対応をしなかった、と総括したこととも矛盾する。

 東電に関しても、判決には疑問が残る。
 判決は、17世帯42人への賠償を命じた。「ふるさと喪失」の慰謝料を認めた点は注目できるが、東電の事故対応は「津波対応を完全に放置したとまでいえない」と指摘。慰謝料を国の指針より増額する「重大な過失はなかった」とした。
 福島第1原発事故はまだ終わっていない。いまも多くの人が県内外で避難生活を余儀なくされ、郷里に戻ったものの厳しい生活を強いられている住民も多い。第1原発は廃炉のめどすら立っていない状況だ。
 事故原因がはっきりしない中、国や大手電力会社が原発の再稼働を進めていることも重大な問題だ。東電も柏崎刈羽原発(新潟県)の再稼働に突き進んでいる。
 原子力規制委員会は、柏崎刈羽の事実上の合格証に当たる審査書案を来月にも了承する方向だが、新潟県知事らは同意に慎重な姿勢を示している。安全性や国、東電の姿勢に疑念を抱いているからだ。
 司法も厳格さを緩めるようなら、安全のよりどころは、さらに揺らぎかねない。
 原発は巨大なエネルギーを生む一方で、巨大なリスクの塊でもある。高度な安全性と責任が保証されてこそ、辛うじて運転が可能になる。その原則が社会の共通認識になっているか、改めて問われている。

「こんなことでは終われない」 避難者訴訟 千葉地裁判決

 原発避難者訴訟の千葉地裁判決に対する原告たちの無念の気持ちを、産経新聞が2本の記事で報じました。
 福島原発告訴団が都内で開いた集会の記事も併せて紹介します。
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「こんなことでは終われない」87歳男性 今後も闘い続ける姿勢
産経新聞 2017年9月23日
「がっかりだ」。原告団の1人で、福島県浪江町から鎌ケ谷市に避難し、現在は横浜市に住む男性(87)は怒りを隠さずにこう語った。事故で故郷を失い、現在まで続く苦しみの救済を司法に求めたが、満足のいく結果ではなかった。
 男性は同町に代々続く家の生まれ。第二次世界大戦で学校教師だった父と次兄は開拓団員として旧満州に渡り、その後死亡。海軍に入隊した長兄も戦死。父と2人の兄という働き手を失った一家は終戦後、貧困に苦しみ、「私が家を守り家族を養わなければならなかった」と振り返る。
 そのため稲作や養蚕などでありとあらゆることに脇目もふらず働いた。地域の発展のため、区長を4期8年、町議を4期16年つとめた。「地域のため、私なりに大変努力した」。戦争で失った父や兄、地域の戦没者のために町戦没者遺族会会長も約20年つとめてきた。
 国のために亡くなった父や兄と同様に、事故前は地域の発展のために、国や東電が「絶対安全安心」として推進する原発を「信じてきた」と話す。
 だが、絶対安全安心だったはずの福島第1原発で事故が起き、先祖から受け継ぎ、自身も発展のために尽くした故郷を離れることを余儀なくされた。現在も帰還困難区域に指定されている自宅には、今も家族の遺品などが眠り、持ち帰ることは叶わぬままだ。
「築き守ってきた財産の全てを失い、生きがいだった稲作もできない」と言葉に悔しさをにじませる。
 今年3月末に浪江町は旧避難指示解除準備区域と旧居住制限区域が解除されたが、町の面積の大半は帰還困難区域のままで、解除された地域も帰還者はわずかで、事故前の風景は戻っていないという。
 事故で受けた苦悩を「生涯決して消えることのない」として、約4年間闘い続けてきた。
 迎えた判決日。男性は判決前には穏やかな表情を浮かべていた。しかし判決を聞き、顔には強い怒りがにじんだ。
三権分立を信じていたのに、裁判官は行政にベッタリの判決をした」と痛烈に批判。今後も故郷を取り戻すため、「こんなことでは終われない」と、法廷で闘い続ける姿勢をみせた。(長谷裕太)


「お父さんに負けたなんて言えない」 
原発事故後、千葉に避難した菅野美貴子さん
産経新聞 2017年9月22日
 「お父さんに負けたなんて、言えないよ」。千葉地裁での判決後、福島県南相馬市から千葉市へ避難している原告、菅野美貴子さん(62)は、2年前に64歳で他界した夫の秀一さんを思い、つぶやいた。

 昭和48年に結婚し、夫婦で石材店を営んできた。2人の息子にも恵まれた幸せな毎日は、平成23年3月の東日本大震災と原発事故で一変する。市の避難勧告を受け、自宅兼石材店を離れた。
 体が不自由だった秀一さんの受け入れ先があると聞き、千葉市の老人ホームに避難。7月に現在の自宅に移った。「放射線量が高く故郷には戻れない」と、店は24年夏に閉めた。故郷や生業を奪われた憤りから、訴訟で闘うことも決めた。
 孤独な避難生活に「前向きにならなくては」と思い立ち、25年1月からは秀一さんのヘルパーだった女性とともに市内で居酒屋「しのぶ」を営む。「お客さんはいい人ばかり」。徐々に楽しみも見つかった。

 宮城県多賀城市と横浜市に住む2人の息子は「いつでも来ていいよ」と言ってくれるが、今も千葉市を離れないのは、避難生活を支えてくれた友人がいるからだ。「人間がどのように生き、死んで行くかを自身で決める自由がある」。法廷では、こう意見陳述した。

24- 三条市に米山知事支える組織が発足

三条で米山知事支える組織発足 原発再稼働反対の声広げる
新潟日報 2017年9月23日
 昨年の知事選で米山隆一氏を支援した三条市の市民有志らが22日、米山知事の支援組織を発足させた。市内で発足記念講演会を開き、呼び掛け人が「東京電力柏崎刈羽原発の再稼働反対の世論を広げよう」と訴えた。
 新組織は「米山知事の原発に対する姿勢を支持し支える市民の会」で、弁護士や自営業者ら23人が呼び掛け人となった。再稼働反対の世論と知事への支持の広がりを目指す。

 講演会には、趣旨に賛同する市民ら約300人が出席した。呼び掛け人を代表して高野義雄弁護士(三条市)が「米山知事の原発政策に賛同する市民を増やすことが、知事の力になる」と強調した。
 あいさつに立った米山知事は会の発足に感謝した上で、再稼働に慎重な姿勢を改めて強調。10月に行われる見込みの衆院選にも触れ、「民主主義の中で国のエネルギー政策を動かすことも必要だ」と語った。

 講演では、海渡雄一弁護士(東京)が原発再稼働の問題点などを語った。

2017年9月23日土曜日

原発避難者訴訟 東電に賠償命令 国の責任は認めず

 福島県から千葉県避難した18世帯45人が国と東電に約28億円の賠償を求めた訴訟で、千葉地裁は22日、東電に約37600万円の賠償を命じる一方、国については責任を認めませんでした
 原告30人余りについては国の指針などに基づく慰謝料に加えて1人当たり最大で1000万円を賠償し、自主避難者については個々の具体的な事情に応じて賠償の対象となると認めたものの、慰謝料1人当たり30万円に抑えられました
 自主避難者への賠償が認められたと評価する見方もありますが、こんな些少の額では認めた内に入りません。
 それよりも国が決めた年間20ミリシーベルト被爆以下では避難する必要がないという、非合理的な基準を実質的に追認したとしか判断できません。

 この判決に先立って今年3月に下された前橋地裁判決「東電は津波を予見でき、対策もとれた」と判断し、国についても「対策を命じなかったのは著しく合理性を欠き違法だ」と指摘していたのに比べると後退しています。

 避難者たちが賠償を求めた訴訟は、全国で少なくとも18の都道府県で31件の裁判が起こされ、原告は12000人余りに上っています。
 残りの訴訟についても今年中には1審判決が下されるものと見られています。
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原発避難者訴訟 東電に賠償命令 国の責任は認めず
NHK NEWS WEB 2017年9月22日
東京電力福島第一原子力発電所の事故で、千葉県に避難した45人が生活の基盤を失うなど精神的な苦痛を受けたと訴えた裁判で、千葉地方裁判所は東京電力に対して、原告のうち42人に総額3億7600万円余りを賠償するよう命じる判決を言い渡しました。一方、国への訴えは退けました。
この裁判は、原発事故の避難区域や福島県のそのほかの地域から千葉県に避難した18世帯45人が、住み慣れた家や仕事を失い、ふるさとでの生活が奪われたとして、国と東京電力に総額28億円余りの慰謝料などを求めたものです。

裁判では、国と東京電力が大規模な津波を事前に予測して被害を防ぐことができたかどうかや、東京電力が避難した人たちに支払っている慰謝料の額が妥当かどうかが争われました。
判決で千葉地方裁判所の阪本勝裁判長は「国は遅くとも平成18年までには福島第一原発の敷地を超える高さの津波が起きる可能性を予測できたが対策を講じても事故は避けられなかった可能性がある」として国の責任は認めず国への訴えは退けました。

東京電力については「津波対策を完全に放置したとまでは言えず、重大な過失があったということはできない」と指摘しました。
一方で「住民がこれまでの暮らしやコミュニティーを失った精神的苦痛は事故と関係があり、東京電力が賠償すべきだ」などとして、原告のうち42人に総額3億7600万円余りを賠償するよう命じる判決を言い渡しました。

このうち原告30人余りについては国の指針などに基づく慰謝料に加えて1人当たり最大で1000万円の増額を認めました。
また避難区域ではない地域から自主的に避難した1世帯4人についても個々の具体的な事情に応じて賠償の対象となるとして、1人当たり30万円の慰謝料を認めました。

原発事故をめぐって全国の18の都道府県で1万2000人余りが起こしている集団訴訟では2例目の判決で、国と東京電力の責任を初めて認めたことし3月の前橋地方裁判所の判断とは異なり、国の責任を認めませんでした。

原告団「到底納得できず控訴」
判決を受けて原告団が支援者らを集めて千葉市内で報告集会を開きました。
原告の弁護団の事務局長を務める滝沢信弁護士は「千葉地裁は原発事故について国の責任を認めていないので不当判決だと思う。私たちも原告の人たちも到底納得できないので控訴します」と話しました。

原告の代表の遠藤行雄さんは「まさかこういう判決になるとは思っていませんでした。これでは終われないので改めて頑張っていきたい」と話しています。

東京電力「判決内容精査し対応検討」
判決を受けて東京電力は「当社、原子力発電所の事故により、福島県民の皆さまをはじめ広く社会の皆さまに大変なご迷惑とご心配をおかけしていることについて、改めて心からおわび申し上げます。きょう、千葉地裁で言い渡された判決については、今後、判決内容を精査し対応を検討してまいります」というコメントを発表しました。

原子力規制庁「原発審査 厳格に進める」
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前橋地裁の判断との違い
今回の判決は原発事故に対する国の責任を認めなかったうえ、東京電力の事故前の津波対策についても「重大な過失があったとは言えない」として、国と東京電力の対応を厳しく指摘したことし3月の前橋地方裁判所の判断とは大きく異なる結果となりました。

前橋と千葉の地方裁判所で起こされた2つの集団訴訟では、東京電力に対する国の規制の在り方が適切だったのかが争われ、ことし3月の前橋地方裁判所の判決では「国は福島第一原発の敷地の高さを超える津波を事前に予測することが可能だった。東京電力に対策を命じていれば事故を防ぐことができた」として国の責任を認めました
千葉地方裁判所の判決では「事前に津波を予測することは可能だったが、国や電力会社が投資できる資金や人材は限られ、すべてのリスクに対応することは現実的には不可能だった。仮に対策をとっていたとしても、東日本大震災の津波の規模から考えると事故は避けられなかった可能性がある」として国の責任は認めませんでした。

東京電力の責任についても判断が分かれました。
前橋地方裁判所は東京電力の津波対策について「常に安全側に立った対策をとらなければならないのに経済的な合理性を優先させたと言われてもやむをえない対応で、今回の事故の発生に関して特に非難するに値する」と厳しく指摘しました。
千葉地方裁判所は、東京電力が事故の前、想定される津波の検討を土木学会に依頼していたことなどから「津波対策を完全に放置したとまでは言えず、重大な過失があったということはできない」としました。

原発事故をめぐる集団訴訟は前橋と千葉を含めて全国18の地方裁判所で起こされ、今回の判決が今後の裁判に影響を与える可能性があります。

国の指針以上の慰謝料認める
原告への慰謝料について22日の判決では「長年住み慣れた家や地域での生活の断念を余儀なくされたことによる精神的苦痛も賠償の対象となる」として国の指針を上回る金額の支払いを命じました。
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22日の判決では「長年住み慣れた家や地域での生活の断念を余儀なくされたことによる精神的苦痛は、避難生活に伴う慰謝料では補填(ほてん)しきれないもので、原発事故と関係がある損害として賠償の対象となる」として、原告のうち30人余りについて50万円から1000万円の慰謝料を認めました。

自主的に避難した人の慰謝料についても個々の具体的な事情に応じて賠償の対象となるとして、自主避難した1世帯4人について1人当たり30万円の慰謝料が認められました。

専門家「損害広く認めた」
原発事故の賠償に詳しい東洋大学法学部の大坂恵里教授は判決について「損害を広く認めたことに特徴がある」と話しています。
大坂教授は、原告側が求めていた「ふるさとの喪失」に対する慰謝料が認められたことを挙げ「事故が起きる前の生活や地域のつきあいを失ったことなど東京電力がこれまでの賠償で認めてこなかったことも損害と認めていて、今後の集団訴訟に大きな影響を与える可能性がある」と指摘しています。
また自主的に避難した人にも賠償が認められたことについては「今回は避難したことに合理性があれば賠償を認めるという判断を示していて、個別の事情を考慮した判決で評価できる」と話していました。
そして事故の責任について前橋地方裁判所と判断が分かれたことについては「今年度中に各地で集団訴訟の判決が言い渡される予定で、その判断が注目される」と話していました。

各地で訴訟 来月は福島で判決
原発事故で被害を受けた人たちは事故の責任を問う裁判を各地で起こし、来月10日には福島で判決が言い渡されます。
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件数はしだいに増え、国や弁護団などによりますと、全国の少なくとも18の都道府県で31件の裁判が起こされ、原告は1万2000人余りに上っています。
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ことし3月には集団訴訟で初の判決が前橋地方裁判所で言い渡され「国と東京電力は津波を事前に予測して事故を防ぐことができた」として3800万円余りの賠償を命じました。この判決に対しては双方が控訴し、東京高等裁判所で改めて審理されます。

一連の集団訴訟では来月、全国で最も多いおよそ4000人が原告となり、「生業訴訟」と呼ばれる裁判で、福島地方裁判所が判決を言い渡します
この裁判では国と東京電力に対して、千葉の裁判と同じようにふるさとでの暮らしを失ったことに対する慰謝料などを求めているほか、放射線量を事故の前の状態に戻すことも求めていて、裁判所の判断が注目されます。
この裁判の原告団の馬奈木厳太郎弁護士は22日の判決について「追加の賠償を認め、今の救済の在り方は不十分だと判断した点は当然とはいえ評価できる」と述べました。
一方で国の責任が認められなかったことについては「国は津波を予見できたにもかかわらず万が一にも事故を防ぐための努力をしなかったことを許容した判決で極めて不当だ」と強く批判しています。

争点1 津波予測し被害防げたか
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争点2 「ふるさと喪失慰謝料」認められるか
裁判では、避難生活に伴う慰謝料とは別に、ふるさとでの生活が失われたことに対する「ふるさと喪失慰謝料」が認められるかどうかが争点の一つとなりました。
原告側は、原発事故によって、一人一人の人格を育んできた自然環境や文化環境の中での暮らしや、地域の人と人とのつながりなどが失われ、生涯にわたって続く精神的な苦痛を受けたと主張しています。
そのうえで避難生活に伴う慰謝料とは別に「ふるさと喪失慰謝料」として原告1人につき2000万円を求めています。
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