2017年5月1日月曜日

福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん

 福島県の県民健康調査検討委員会は、福島県児童(被爆時)の甲状腺がんおよび疑いの患者が183人(または185人)に達した現在も「放射線の影響は考えにくい」と述べています。 
 委員会は放射線の影響を否定する理由として 1 一斉検査を行うことによるスクリーン効果 2 チェルノブイリでは被曝4年目までは患者が発生していない 3 福島県内の放射能汚染度の強弱と患者数が比例していない などを理由にあげています。
 しかし岡山大学津田敏秀教授(疫学)は、スクリーン効果ではこの大量発生は説明できないとしていますし、以下に紹介する論文の著者鎌田 實氏も、2巡目で新たに「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供68人もいるのは腑に落ちないと疑問視しています。
 
 実際はチェルノブイリでも事故の翌年から甲状腺がん患者は発生(3年目~4年目で爆発的に発生)ているし、チェルノブイリ(=ベラルーシ)では低汚染地域でも甲状腺がんが発生しているので、患者の地域的分布が生じていないからと言って放射能起因でないとする根拠にはなりません。
 そもそも放射線を除外してはこの異常発生を説明できない筈なのに、検討委員会は、口を開けば真っ先に「放射線の影響は考えにくい」と述べる辺りは、まるで放射線の影響を否定するのが委員会の目的であるかのようです。
 
 また政府の意を受けたかのように先般ある団体から甲状腺がんの調査は今後は希望者のみを対象にすればよいという提案がありましたが、それは全くの間違いであって、患者は早期に手術するほど予後が良好なので今後も精力的に検査を続けて対応する必要があるということです。
 何よりも、検討委員会のようにチェルノブイリの状況を唯一の基準にして放射線の影響を否定しようとするのではなくて、福島原発事故における患者発生状況の「もう一つの事例」として、独自に把握することが必要なのはいうまでもありません。
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福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん
「臭い物に蓋」をしては後で大問題に、チェルノブイリの経験生かせ
鎌田 實 JBプレス 2017年4月19日      
 福島県の県民健康調査検討委員会のデータによると、「甲状腺がんまたはその疑い」の子供が183人。そのうち145人にがんの確定診断が下っている。
 確定診断はないが、がんの疑いで手術や検査を待っている子が、さらに38人いると解釈できる。さらに3巡目の検診が行われている。
 まだまだ増えるということだ。
 これは異常な数なのか。甲状腺の専門医たちもおそらく想定外だったと思う。国立がんセンターによると、2010年の福島の小児甲状腺がんは2人と試算している。
 1巡目の検査は、2011~2013年にかけて、2巡目は2014~2015年にかけて行われた。現在は3巡目。
福島 小児甲状腺がん・疑い の内訳(人)
 
対象者数
受診率
甲状腺がん又はうたがい
手術後確定
1巡目検査 (2011-13年)
367,672
81.7%
115
101
2巡目検査 (2014-15年)
381,282
70.9%
68 (前回A判定62)
44
合    計
 
 
183
145
2016年12月27日までの福島県民健康調査委員会資料より作成
 
数年で「正常」が「甲状腺がん」になるか
 大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているということだ。
62人のうち31人は、「A1」で結節やのう胞を全く認めなかった。全くの正常と言っていい。「A2」は、結節5.0㎜以下、甲状腺のう胞 20.0㎜以下のごく小さな良性のものである。
 甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1~3年くらいの短期間に、甲状腺がんになったことは、どうしても腑に落ちない
 
被曝ノイローゼと言われた時があった
 チェルノブイリへ1991年から医師団を102回送って支援してきた。ベラルーシ共和国の小児甲状腺がんの患者数は、1987~89年では毎年1~2人だったのに、90年は17人、そして91年以降激増していくのである。
 ベラルーシを中心に、ウクライナ、ロシアなどで6000人の甲状腺がんが発生した。
 皆が「何かおかしい」と思い始めた当時、WHO(国際保健機関)は、「チェルノブイリ原発のメルトダウンの直接的な健康被害はない。多くは、被曝ノイローゼだ」と言っていた。
 1990年代前半、ベラルーシの甲状腺がんの第一人者、ミンスク大学の故エフゲニー・デミチク教授が、放射線ヨウ素I-131が飛散し、それが子供の甲状腺がんを増やしているという論文を、国際的総合科学ジャーナル「NATURE」に発表した。
 デミチク教授の息子ユーリーも、甲状腺外科医を目指していた。父親の教授から「息子を日本で勉強させてほしい」と頼まれた。
 ぼくが代表を務める日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)が1993年 松本に招待し、3か月間、信州大学や諏訪中央病院で、甲状腺の医学や肺がんの外科学を学んだ。
 その後ユーリーの病院に手術道具と材料を大量に送った。その後も頻繁にユーリーと会ってきた。しかしそのユーリーが先月急逝した。病院で仕事中に突然死した。心筋梗塞ではないかと言われている。
 
甲状腺がんの第一人者はどう考えたか
 ユーリーは、ミンスクの甲状腺がんセンターの所長だった。ベラルーシ共和国の甲状腺学の第一人者である。毎年1000人程の甲状腺がんの手術を行っているとぼくに言っていた。
 国の政策として、甲状腺がんの患者はユーリーの病院に集められていたため、極端に多くの患者を診ていた。多忙過ぎたと思う。福島の小児甲状腺がんのデータをよく知っていた。
 ぼくが最後に会った時は、福島では2巡目の検診が行われていた。福島の子供の甲状腺がんは、福島第一原子力発電所の事故と関係があるのかないのか、意見が分かれている。甲状腺外科学の第一人者のユーリーはどう思うかと聞いた。
 「日本のスクリーニングは精度が高い。検診をしたために見つかった可能性が高い。スクリーニング効果の可能性がある」と言うのだ。
 「ただし…」とユーリー・デミチクは言い出した。
 「2巡目の検査で、がんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらに、がんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い切れなくなる
 
福島は汚染が少なかったと言って安心はするな
 2巡目の検査で、ついに甲状腺がんが増加して44人となった。ユーリーが心配していたことが起きている。
 ユーリーは「もう1つ忘れないでほしい」と言った。「ベラルーシ共和国では、放射線汚染の低いところでも甲状腺がんが見つかっている。福島県がI-131の汚染量が低いからと言って、安心しない方がいい」と言うのだ。
 「放射性ヨウ素が刺激となり、長期間、時間をかけてがんになる可能性はある。だから、長期間、検診を続けた方がいい」と言った。
 
子供の甲状腺がんは転移が多い
 もう1回確認をとった。「甲状腺がん検診で見つかったがんについて、日本では、見つけなくていいがんを見つけたという意見もあるが、どう思うか」と聞いた。
 「子供の甲状腺がんは、リンパ節転移する確率が高いのが特徴。ベラルーシ共和国で手術せず様子を見た例と、手術をした例とでは、子供の寿命は格段に違った。手術すれば、ほとんどの場合、高齢者になるまで健康に生きることができる」
 「見つけなくていいがんを見つけた、なんて言ってはいけない。見つけたがんは必ず手術した方がいい。数年経過を見たこともある。すると、次にする手術は大きな手術になった」
 「だから、見つけたがんはすぐに手術をした方がいい。それが30年間チェルノブイリで甲状腺がんと闘ってきた自分の考えだ」
 こう語ったのだ。
 「福島県だけではなく、周辺の県も検診をした方がいいのか」と聞いたら、「コストの問題だ」という。「お金に余裕があるなら、やるべきだ」というのが彼の考えのようだった。
 このユーリーの言葉と、重なる意見を言っている日本の専門家がいる。福島県立医大の教授、鈴木眞一氏。
県立医大で行った手術の72人の子供に、リンパ節転移があった。加えて、甲状腺外浸潤や遠隔転移を入れると、子供の甲状腺がんの92%が、浸潤や転移していたというのだ。
 鈴木教授も、ユーリーと同じ考えだ。検診をやり、早期発見するようにし、見つけたらできるだけ手術をすること。これが大事な点だ。
 
「放射線の影響は考えにくい」と言い切れるか
 北海道新聞によると、日本甲状腺外科学会 前理事長の清水一雄氏は、1巡目の検査で、せいぜい数mmのしこりしかなかった子供に、2年後に3cmを超すようながんが見つかっていることを挙げ、「放射線の影響とは考えにくいとは言い切れない」と言っている。
 これもユーリー・デミチクと同じ考えである。彼は、甲状腺検査評価部会長を辞任した。こういう「空気」に負けない科学者がいることは心強い。
 子供の甲状腺がんと放射性ヨウ素I-131の関係があるのかないのか、結論づけるためには、事故直後福島県内で甲状腺の被曝量を測定し、サンプリングすることが重要だった。
きちんとしたデータも取らずに、福島県の県民健康調査検討委員会は「放射線の影響は考えにくい」と総括している
 チェルノブイリ原発事故と比べると、I-131の放出量が少なかった。チェルノブイリでは、小さな子供たちにがんがみつかったが、福島県では小さな子供にがんが多くはない。これが理由だ。
 
検診を縮小しないで
 そんな状況の中で、検診を縮小しようとか、希望者だけにしようという動きも、昨年秋に見られた。これはとてもまずい。できるだけ検診をしっかり続け、早期発見・早期治療をし、子供たちの命を救うことが大切だ。
 原発事故と関係があったかどうかは、チェルノブイリでも事故から7~8年かけて因果関係が証明されていったことを考えると、臭いものに蓋をするようなことはよくないと思う。
 もう1つの大きな問題は、がんの治療をした後の子供の心のサポートが十分にできているかである。
 高校時代にがんが見つかり手術を受けた子供がいた。大学進学後に再発・転移が見つかって再手術。大学も辞め、部屋に引きこもりがちになっていると聞いた。
 別の十代の男の子は、甲状腺がんの手術をした後、荒れて家族に暴力を振るうようになったという。悲しい話だ。
 
「がん」になった子供の心を支えよう
 因果関係が明白になるまで、できるだけ長く検診を続け、見つかった子供の治療に最善を尽くし、長く医療費の保証をしてあげることが大事だ。同時に、子供たちの心を支えていくこと。原発を国策として進めてきた責任があるように思う。 甲状腺がん家族の会ができていると聞いた。要望があれば応援をしてあげたいと思っている。
 子供たちに、病気になっても希望を忘れないようにしてほしいと伝えたい。ぼくがベラルーシやウクライナで見てきた子供たちは皆、隠れたりせず、堂々と生きていた。たくさんの子供を日本へ招待し、保養もしてもらった。
 いつか彼らと交流させて、福島の若者も元気になってもらいたい。大きくなって、好きな人ができて、子供を生んだ女の子たちもたくさんいる。一生に一回だけの人生を捨てないでほしい。
 家族が悪いわけでもない。病気になった子も、その家族も、皆苦しんでいる。だから一人ひとりがまず勇気を持って立ち上がること。そして、前を向いて生きよう。元気になれる人から、なっていこう。
 それを見て、また勇気をもらう他の子供たちもいるはず。立ち上がれる子から、立ち上がっていこう。そう声をかけてあげたいと思う。この文を読んでくれたらうれしい。日本の空気に負けないで、新しい波を起こす若者になってほしい。